東京高等裁判所 平成元年(行ケ)36号 判決 1990年6月28日
原告
ヘツシユ・アクチエンゲゼルシヤフト
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和61年審判第23224号事件について昭和63年9月16日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文一、二項同旨の判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
出願人 原告
出願日 昭和55年10月6日(同年特許願第139731号1980年(昭和55年)6月3日のドイツ連邦共和国、特許出願に基づく優先権を主張)
発明の名称 「たる形コイルばね又はそれに類似したものを製作する方法並びにこの方法を実施する装置」
拒絶査定 昭和61年7月31日
審判請求 昭和61年12月1日(同年審判第23224号事件)
審判請求不成立審決 昭和63年9月16日
二 本願発明(特許請求の範囲第一項記載の発明)の要旨
巻付け温度に加熱された線材からたる形コイルばね又はそれに類似したものを製作するための方法において、まず初め、たる形コイルばね又はそれに類似したものの最大ばね直径に相当する直径を有しているさしあたつて円筒形の部分と、第一の円錐形端部とから成る半製品のばねを巻付けによつて製作し、次いで最終的な形状を付与するために前記円筒形部分を第二の円錐形端部に変形することを特徴とする、たる形コイルばね又はそれに類似したものを製作する方法(別紙図面(一)参照)
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨
前項記載のとおり(特許請求の範囲第一項の記載に同じ。)
2 実公昭53―48834号公報(以下「引用例」という。)
線材をテーパー部を有する芯金の外周に突当を用いて巻付けつつコイルスプリングの最大直径に相当する円筒形部を成形し、続いて該芯金を移動させながら芯金テーパー部に沿つて巻付け、円錐形端部を一体に成形することが記載されている(別紙図面(二)参照)。
3 両者の対比
芯金外周に線材を巻付けながら円筒形部と円錐形端部を一体に成形する樽形に類似した形状のコイルばねを製造する点で一致し、本願発明が熱間成形であるのに対し、引用例では熱間成形か冷間成形かが特定されていない点で相違する(なお、両者の間には右相違点以外の差異はない。)。
4 相違点についての判断
コイルばねの製造法には、常温で線材をコイル状に成形する冷間成形法と加熱炉における加熱後直ちに熱間でばねを成形する熱間成形法の二種類があり、冷間成形法で作つたばねは、寸法は正確で脱炭や表面荒れの心配は少ないので冷間成形法が採用されることが多いが、線材の直径が八ミリメートル程度以上、大きいばね強度が求められる大型のばね、或いは熱処理により必要な強さを持たせ得る組成のものについては熱間成形法が採用されることは周知の事項(例えば、昭和39年4月25日・養賢堂発行の石原康正著「コイルバネ」八四頁ないし八八頁参照)であることを考慮すると、引用例のばね製造法に周知の熱間成形法を採用することは、当業者が必要に応じて適宜選択し得る程度のことであると認められる。
5 したがつて、本願発明は、引用例の記載事項及び前記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。
四 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、本願発明と引用例記載の方法との間に審決摘示の相違点があることは認めるが、両者は取消事由(1)で述べる点でも相違する(但し、ほかに両者の間に差異のないことは認める。)。4は争わない。5は争う。審決は、本願発明にいう「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」の意義を誤認して引用例記載のものとの相違点を看過し(取消事由(1))、かつ本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由(2))。
1 相違点の看過(取消事由(1))
本願発明と引用例記載の方法により製造されるコイルばねの構成が異なるのに、審決は、両者は円筒形部と円錐形端部を一体に成形する樽形に類似した形状のコイルばねである点で一致するとの誤つた認定をして、その構成上の相違点を看過した。すなわち、
(一) 本願発明の製法が対象とする「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」は「その長手方向中心に最大巻条直径をかつその両端に最小巻条直径を有している」(甲第六号証二頁九行ないし一一行)ものに限られ、審決が摘示するような外径が一定な円筒形部分を有するコイルばね等を含まない。右「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」の意義を右のように解すべきことは、本願発明の明細書の全記載及び添付図面(本判決添付の別紙図面(一))、殊に右に摘示した明細書の記載部分や明細書中に従来技術として記載された第一ないし第四公知例のコイルばねがすべてそのようなものとして記載されていること等に照らして明らかである。
(二) これに対し、引用例記載の方法が対象とするのはガーダースプリングとして用いられるコイルばねであるところ、該コイルばねが外径が一定な円筒形部分と円錐形端部を一体に成形したものであることは引用例の記載として審決に摘示されているとおりであり、このことは、引用例の「このガーダースプリング1を製造するのに、従来は巻線機を操位して必要長さの有効径部(外径が一定な部分)を巻回形成後…」(甲第七号証2欄二行ないし四行)等の記載や図面(本判決添付の別紙図面(二))に照らしても明らかであるから、この点で本願発明の「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」と相違する。
(三) しかるに、審決は、本願発明と引用例記載の方法により製造されるコイルばねの構成上の相違点を看過し、本願発明と引用例記載の方法の相違点としては熱間成形か否かとの点のみを摘示し、爾後この点に対する判断をなしているのみであるから、違法として取り消されるべきである。
2 顕著な作用効果の看過(取消事由(2))
(一) 従来の熱間成形によるたる形コイルばねの製法(明細書記載の第一ないし第四公知例)には、一つの巻付け心棒で作業する既存の熱間巻き台だけで製作することは不可能であるとの欠点があつたところ、本願発明は、前記本願発明の要旨のとおりの構成を採用することにより、①ばね製作工場に既に設置されている汎用の熱間巻き台をそのまま利用して製作することができる、②簡単かついかなる巻条直径にも適用できる、③第一段階と第二段階とが時間的に極めて短い間隔をおいて連続しており、かつそれに加えて各段階における成形がやはり十分に短い時間内で行われるので、変形のために必要な熱を次の工程である焼入れ工程に利用することができる等、前記従来の製法では達成できない顕著な作用効果を奏し得たものである。
(二) しかるに、審決は、かかる本願発明の顕著な作用効果を看過し、本願発明が引用例の記載事項及び周知技術から容易に発明することができたとしたものであるから、違法として取り消されるべきである。
第三請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認め、四は争う。
二 審決の認定判断は正当であつて、原告主張のような違法の点はない。すなわち、原告主張の取消事由(1)については、特許請求の範囲第一項の記載等に照らし、本願発明の「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」を原告主張のようなものに限定すべき理由は見当たらないから、その前提において既に失当というほかなく、また、原告主張の取消事由(2)も理由がない。
第四証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。次に、引用例に審決摘示(審決の理由の要点2)の記載があること、本願発明と引用例記載の方法との間に審決摘示(同3)の相違点があり、同相違点と取消事由(1)に係る点を除けば、ほかに両者の間に差異のないことも当事者間に争いがなく、また、右審決摘示の相違点に対する審決の認定判断については、原告もこれを争わないところである。
二 取消事由に対する判断
1 取消事由(1)について
右取消事由は、本願発明にいう「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」が、その長手方向中心に最大巻条直径を、その両端に最小巻条直径を有し、円筒形部分のないものに限定されることを前提とするものであることが明らかであるので、以下、この点について判断する。
(一) 前記当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第二ないし第六号証(以下、これらを総称して「本願明細書」という。)によれば、本願発明は、「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」の製法に関する発明であつて、本願明細書には、本願発明の課題に関連し、かかるコイルばねの従来技術について、「まず初めにたる形コイルばね又はそれに類似したもの(以下においては単にたる形コイルばねと呼ぶ)を製作する場合の根本的な問題について触れると、一つの巻付け心棒を備えた汎用の熱間巻き台を用いてたる形コイルばねを製作することには、巻き終つたたる形コイルばねを巻付け後に心棒から除去することはそのばねの形状に基づいてもはや不可能であるという根本的な問題がある。」との記載があることが認められる(甲第四号証四頁一九行ないし五頁七行)(以下「記載①」という。)。この記載及び本願明細書に記載された各公知例によれば、本願発明は、かかるコイルばねの製造工程においては、その形状上の特徴から、巻付け心棒を用いて巻付け成形した後に右巻付け心棒を除去することが困難であるとの問題点の解決を企図して、前記本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものであることが認められる。そして、本願明細書によれば、本願明細書には、特許請求の範囲第一項記載の「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」の意義に関し、発明の詳細な説明の項に「たる形コイルばねはその長手方向中心に最大巻条直径をかつその両端に最小巻条直径を有しているので」との記載があることが認められる(甲第六号証二頁九行ないし一一行、以下「記載②」という。)。
ところで、本願明細書の従来技術に関する記載①の中には、前記のように「たる形コイルばね又はそれに類似したもの(以下においては単にたる形コイルばねと呼ぶ)」の記載があるから(甲第四号証四頁一九行ないし五頁一行)、この記載による限り、それに引続く記載②における「たる形コイルばね」も、一見、「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」を指すかの如くであるが、記載②には一個の形態のコイルばねに関する記載があるだけであるから、記載②における「たる形コイルばね」とは文字どおり「たる形コイルばね」を指し、「それに類似したもの」は含まないものと解するのが相当である。そして、本願明細書によれば、添付図面(甲第二号証)の殊にFIG.2、FIG.5に実施例として、記載②における「たる形コイルばね」の形状にそう長手方向中心に最大巻条直径を、その両端に最小巻条直径を有し、円筒形部分のないコイルばねが図示されており、また、従来技術(第一ないし第四公知例)として挙げられたコイルばねも右実施例と同様のものであること(このことは、添付図面(甲第五号証)のFIG.6AないしFIG.9Bの図示等に徴し明らかである。)、しかし、本願明細書には前記「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」のうち、後半の「それに類似したもの」の具体的構成に関する記載はないことが認められる。
(二) 右によれば、本願発明の「たる形コイルばね」がその長手方向中心に最大巻条直径を、その両端に最小巻条直径を有するものということはできるが、本願発明のコイルばねが、右「たる形コイルばね」のみならず「それに類似したもの」をも含むことは特許請求の範囲第一項及び発明の詳細な説明の項に明記されているにもかかわらず、本願明細書には、右の「それに類似したもの」のコイルばねとしての具体的構成を示す記載はない。しかし、本願明細書の全記載に照らし、「たる形コイルばね」に類似し、かつその製作に当たつて記載①に記載された解決課題を有するコイルばねは、特許請求の範囲第一項の「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」の「それに類似したもの」に含まれるものと認めるのが相当である。例えば、外径が一定である円筒形部とその両端に円錐形端部を一体に成形したコイルばねは、長手方向中心を含む一定範囲が最大直径を有しており、少なくとも長手方向中心が最大直径部分であり、かつその両端に最小直径部分を有する点において、本願明細書の記載②に記載された「たる形コイルばね」と共通しているから、かかるコイルばねは、「たる形コイルばね」に類似しているものということができるし、また、その形状に照らし、製作に当たり、本願明細書の記載①に記載された解決課題を有するものと認められる。したがつて、外径が一定である円筒形部とその両端に円錐形端部を一体に成形したコイルばねは、特許請求の範囲第一項の「たる形コイルばね又はそれに類似したもの」のうち後半の「それに類似したもの」に含まれるものと認めて差支えないものというべきである。
原告主張の取消事由(1)は、特許請求の範囲第一項の「それに類似したもの」の構成を無視するもので、その前提において失当である。
(三) そして、前記当事者間に争いのない審決摘示に係る引用例の記載及び成立に争いのない甲第七号証(引用例)の記載によれば、引用例記載の方法により製造される最終の製品であるガーダースプリング自体は円錐形端部を一端にしか有さないものであるが、引用例記載の方法においても、その製造過程において、外径が一定である円筒形部の両端に円錐形端部が一体成形されるものであることは明らかであるから(殊に図面第3図参照)、その限りにおいて、本願発明と引用例記載の方法が「円筒形部と円錐形端部を一体に成形する樽形に類似した形状のコイルばねを製造する点で一致する」とした審決の認定判断に誤りはない。
2 取消事由(2)について
(一) 原告は、本願明細書に記載された従来技術(第一ないし第四公知例)との関係で、本願発明が顕著な作用効果を有する旨強調しているところ、たしかに、前掲甲第二ないし第六号証によれば、発明の詳細な説明の項には原告の主張(審決を取り消すべき事由2(一))にそう記載のあることが認められるが、当然ながら、本件において問題とすべき作用効果の顕著性は、引用例記載の方法との関係で判断されるべき事柄である。しかも、前掲各証拠によれば、本願明細書には、本願発明(特許請求の範囲第一項)以外にも、その実施態様項(同第二、第三項)、装置に係る発明及びその実施態様項(同第四ないし第七項)が記載されていることが認められ、他方、前記本願発明の要旨からも明らかなように、本願発明自体はそれに用いる装置や具体的な方法を何ら限定しない極めて広範囲なものであるところ、原告が本願発明の顕著な作用効果として主張するところは、その内容自体に照らし、右本願発明の実施態様項又は装置に係る発明の効果にすぎず本願発明の構成に基づくものとはいえないもの(審決を取り消すべき事由2(一)の①、③)であるか、又は引用例記載の方法によつても同様に奏されるものにすぎないもの(同②、なお、前記当事者間に争いのない審決摘示の引用例の記載参照。)といわざるを得ない(ほかに、本願発明の構成により引用例から予測し得ないような顕著な作用効果が奏されることを認めるべき証拠はない。)。また、既にみたように、本願発明と引用例記載の方法とは審決摘示の相違点と取消事由(1)に係る点以外に差異がないことにつき当事者間に争いがないところ、右取消事由(1)に係る点が両者の相違点となし得ないことは前記1において認定説示したとおりであり、審決摘示の相違点に対する審決の判断については原告もこれを争わないところである以上、両者の奏する作用効果に格別の差異がある筈もない。
(二) そうであれば、原告主張の取消事由(2)も理由がないものといわざるを得ない。
三 以上のとおり原告主張の取消事由はいずれも理由がないから、本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 裁判官 小野洋一)
<以下省略>